ネウヤコ - しさの見せ所

ネウロよりネウヤコ
エロなし甘々ラブラブ


 「あかねちゃん、これ美味しいよ。」
秋の限定モンブランケーキ。学校帰りに走って買いに行った甲斐は確かにある。甘くてなめらかで、でもあっさりとした上品な味。たまらずこの感動を誰かに伝えたくて顔を上げたが、そこに居るのは魔人と髪の毛。魔人は眉間にしわを寄せて一生懸命何かを調べているらしく、仕方なく私は髪の毛に話しかけた。別に返事を期待してるわけでもない、独り言。
「あかねは今忙しいのだ、邪魔をしてやるな。」
ところが返ってきたのは魔人の声。あかねちゃんは器用に規則正しくキーボードを叩いていて、魔人は一休みとでも言うように肩を慣らしている。
「ネウロは何してたの? もう終わったの?」
食べ終わったモンブランを片付けながら尋ねるとネウロは小さく笑みを浮かべてこちらへ歩み寄ってきた。
「何、今までの事件を整理していたまで。終わらせる必要もない。それより暇そうだな、弥子よ。」
ネウロが私の背後まで来た。息遣いを感じる。ネウロの何もない香りがする。
「どうせ暇だよ。」
「ふむ……なら少し話をしよう。」
そう言いながらネウロが後ろから私の手を取る。あくまで紳士的な振る舞い、けれど彼の本性を知っている私の体は固くなる。そんな緊張さえ解いてしまうような優雅な流れで私をソファまで促す。
「何よ。」
警戒は解かない。ただ力では敵うはずもなくソファに座ると、ネウロがすぐ隣に腰掛けた。
「そっちに座ればいいじゃん、なんだか話し難いよ。」
向かい合うでもなくそれは本当に真横。これじゃ公園のバカップルだ。
「時に弥子よ、そうして度々我輩を拒んだり先程のように我輩を避けたりするが、貴様は我輩のことが嫌いなのか?」
さっきの取捨選択はどうやら見抜かれていたらしい。至近距離でネウロが覗き込むようにして尋ねる。
「えっと……別に拒んだり避けたりしてるわけじゃ……ただあんた、恐いから……下らないことで手間取られると怒るし、頭掴まれたりしたら痛いもん。」
今だってそうだ。魔人を刺激しないよう出来るだけ当たり障りのない言葉を選ぼうとして結果うだつの上がらない解答しか搾り出せない。
「ふむ……そうか。貴様はそういう風に思っていたのだな。我輩も貴様に対する態度を改めねばならぬようだ。」
間近で見る横顔は憂いの色。ネウロの口からこんな言葉を聞く日が来るとは思っても見なかった。
「どうしたの急に。」
下から覗き込むように言うとネウロが視線だけを此方に寄越す。すぐにまた思いつめたように床の一点を見る。心配になって視線を追うとネウロがすくと立ち上がった。ぶつかりそうになって咄嗟に身をかわす。
「なに。」
尋ねてもネウロは窓の向こうを見ている。ふだんからその心意を計りかねているが今などその極みだろう。こちらの問いかけに答えもしないで魔人は一つ頷くと事務所の奥のデスクに向かう。

 「ネウロ?」
引き出しから何かを見つけ出し漸くネウロが此方を見る。手に取ったものは小さくて此処からはよく見えなかった。
「弥子よ。これから暫く我輩は貴様に優しく接しよう。貴様は我輩が温厚で優しい良い主人だと見直すがいい。」
言いながらネウロは髪を結うような格好をする。襟足の少し長い髪を束ねて皮手袋をもどかしげに動かす。さっきデスクから出したのはヘアーゴムだと言うことがわかったのはネウロがそれをしながら此方に戻って来たからだ。私は応えられずにただ立ち尽くす。
「我輩では毛が多いのか? なかなか上手く出来ん。」
そういって顔をしかめる。暫く髪を束ねたりしてみたが矢張り梃子摺っているようだ。
「あー、私やろうか? あかねちゃんので慣れてるし……。」
見かねて言いながらネウロの背後に回る。その背は大きくて、しゃがんでもらうなりしないととても届きそうにはなかった。
「む、頼む。」
ネウロは素直に傍のソファに腰掛ける。座っていて届くようになってもまだその背は大きく感じる。後ろ手に手渡されたヘアーゴムは簡素な赤いゴム紐。あの三角の飾りもついていたりして、ネウロの癖に小洒落ている。後ろからネウロを見つめるのは初めてのことで少しドキドキしながら耳にかかる毛を後ろに回す。
「フフ、くすぐったいな。」
ネウロが小さく笑った。その声は妙に色気があってこういうときに聞くとドキドキは止まらない。指で梳くと思ったより柔らかい髪質。そのまま後ろで纏めて結い上げる。嫌いではないけれど好きにもなれなかった長い襟足は纏められてすっきりした。
「出来たよ。」
肩をトン、と叩くとネウロが振り返る。髪を結っただけなのに違った雰囲気を纏う魔人はいつもより色気めいて見えた。小さな陶酔すら覚える。
「これ、何? 魔界道具かなんか?」
差す指に後ろを確認しようとする魔人の手が触れる。慌てて手を引っ込めた。
「いや、ただの呪(まじな)いだ。我輩はこうしている間意識的に貴様に優しくするよう、言うなれば暗示だな。」
皮手袋がつんつんと飾りを突付く。
「ねえ、どうして? 何で今更そんなことするの?」
思ったことをそのまま口走ってしまった。ネウロはまた視線だけを此方に寄越してどこか冷たいような孔雀色の目で見遣る。何かを言いかけて薄く開いた口が言葉を躊躇ったように一瞬の間。そのままネウロは何も言わず正面を向いてしまった。私と目を合わせないで口走る。
「言ってなかったか。我輩が貴様を傍に置く理由。」
虚空に放たれた言葉は宛を捜し彷徨ったように数瞬送れて私の耳に入った。理解も遅れる。
「え、何それ聞いてないよ。」
やっとのことで答えるとネウロが矢張り向こうを向いたままで返す。
「弥子。話してやる、此方に来い。」
目を合わせないネウロからすべられた手に従ってネウロの正面に回る。私を導いた手はトントンとその膝を差す。
「え……?」
「真横はお気に召さない様子だったろう、此処に座れ。」
戸惑っている間にネウロの両腕が伸びてきて膝の上に上せられた。
「わっ……ちょ、っとネウロ……。」
ネウロの息遣いを感じるまでに至近距離。すぐ其処に翡翠の目が此方を見ている。思わず目を逸らしてしまった。けれどその物腰は穏やかでその包容は痛みを伴わない。拒む理由も無いかと甘んじてその腕の中に納まった。
「ちょっと、恥かしいんだけど……。」
膨れ面を装いネウロを見遣ると変わらず涼しい顔で此方を見ている。やっぱり動揺してるのは私だけ。こいつは私をからかいたいだけなんだ。そう思いかけたとき。
「そうだな、我輩も柄にもなく浮き足立つ心地だ。これを緊張というのか。」
ネウロは涼しい顔をそのままにさらりと本当に柄にもないことを言った。感情の希薄な魔人が改めて確認するようにトントンと胸元に触れる。
「ネウロも緊張するんだ……。」
矢張り視線を逸らしてネウロが触れる胸元だけを見つめて言う。ネウロの喉の奥からくく、と笑うような声が聞こえた。
「ああ。何せ好いた女がこんな近くに居る。我輩とて十分人並みに緊張くらいして何が悪い。」
――……え?

 「我輩は貴様のことが好きなのだ。」
完全に思考が停止してしまって何も言えないでいる私を見越してネウロは続けざまに言った。愛の、言葉。
「その様子ではついうっかり言い忘れていたようだな。」
口元には緩く穏やかな笑み。いつもの悪巧みをする賢しらな笑顔とは違っている。矢張り何も応えられずにいるとネウロが私の言葉を紡がない唇を皮手袋の人差し指でつついた。
「どうした弥子。無言は肯定と取ってこの愛らしい唇に接吻を喰らわせるぞ。」
邪魔な髪は結い上げたいつもと違う爽やかな首筋にまで目を上げると薄く笑む唇も目に入った。悪意のない笑みでこの顔はどんな女でもきっと落とせるだろう。不意に思考から見惚れへと変わっていた霞がかった視線に気付き顔を上げるとネウロの視線とぶつかった。
「どうした?」
「えっと、ね、ネウロ……本当、なの? ホントに、ホント?」
つい重ね重ね尋ねてしまう。その顔を見ればいつもの意地悪なネウロとは別人で、その目を見ればいつもの悪賢いネウロとも別人だとわかるのに。ただうわずったような声で自分を落ち着かせるために重ねて尋ねた。笑って首をかしげるだけの素敵な魔人に疑いが湧いたわけではないのだ。
 ただネウロも言葉を返さない。例えばホントだと言葉で言ってもそれはホントだと限らないことを地上で学んだから。替わりに弥子を抱き寄せた。ただでさえ近い位置からぎゅっと。胸板に押し付けられても弥子は身体を強張らせたりしなかった。弥子も腕を開いてネウロの首にまわす。意外に柔らかいと思った髪からゴムは簡単に抜けて床に落ちた。
「言い忘れてたけど、私も、ネウロ好き。大好き。」

 抱き返される心地良さを知ったネウロはそれ以後たまに髪を結った。ただ髪を結う結わないに拘わらず弥子が彼を恐れて身を竦めることも、以後無くなった。畏れも髪留めも不要だと理解したからだ。








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