「お疲れさん。」
声に気付くと幸村は槍を下ろした。息を荒げて頬を赤らめ、何とも色めいた表情だ。労いと手を伸ばしかけると制止の声。
「触れないで下さい。」
息を整えながら、一息に。驚いて幸村を見ると間違いに気付き慌てて訂正してくれた。
「あ、いえ。左近殿が汚れますから。」
今ちょっとした衝突があって一番駆けをした彼は成る程よく汚れていた。砂塵やら、返り血やら。それでも彼の頬についたままの、血と泥の交じり合ったものを拭う。
「すみません、合戦の折にはいつもこうで。」
幸村がはにかむように笑った。泥遊びでもした後の子供のような無邪気さで。
「湯浴みでも?」
誘うまま幸村は頷き、宿場まで戻った。辺りには敵方の屍ばかり、宛ら、無双の武士。
「左近殿は。」
血糊がこびり付いた髪を梳き下ろしながら幸村が言う。
「あまり返り血を浴びなさらないのですね。」
確かに自分の身体の汚れというと泥や泥が乾いて固まったものばかりで、幸村のように緋色の甲冑が赤黒く染まるほどの血は浴びない。
「得物の違いでしょう、俺のは刀というより鈍器ですから。」
手入れを怠ると刃を当てても蚯蚓腫れしか出来ない程だ。嶺打ちをするなら横様に殴りつけたほうが早い。一方、幸村の武器は成る程、鋭い殺傷能力を持つ十文字槍だ。彼がしかと敵の鎧の合わせ目を狙い突けば相手の鮮血を浴びることは容易い。いつだったか彼の戦舞を始めて目にした折、可憐とさえ思っていた男が血を浴びて槍を突き出す様は余りにも凄惨で、背筋にゾクリとしたものが走ったのを覚えている。その旨を伝えると彼は照れ臭そうに笑った。
「いつか組み手でも致しましょう。」
「俺がアンタと? 冗談でしょう、相性が悪すぎる。」
軽く遠慮すると幸村はまた笑った。自分も笑って見せて、湯浴みを終えた。
「殿への報告は明日でいいですね。」
書を致すにも早馬は流石にまだ使えない。それで幸村にそう断って、返り血の無い無垢な身体を抱き寄せようとした。
「いけません、左近殿。」
今度ばかりは流石に驚いた。どうしようもなく固まっていると幸村はまた、はにかんで笑う。
「左近殿が触れると、心臓が早鐘のように打って破裂しそうになるのです。」
可憐に、笑って。
言って幸村は固まったまま動けないで居る俺の身体に寄り縋る。とても丁寧に。抱き返すと耳まで真っ赤に染めた幸村が見上げて言った。
「いけませんね、矢張り私からでも同じのようです。」
抱く腕を強めて。
「今度やりますか、組み手。」
幸村は無邪気に笑った。