片手で開く扉が軋む。人払いを済ませた闇夜では大袈裟に響いた。中には甄が部屋の真中にぽつりと在る足の長い椅子に優雅に足を組んで座っていた。流麗な仕草で床に足を下ろして軽く辞儀をするとにこりと笑う。
「中に居らっしゃいますわ。」
上品な仕草で奥の扉に歩み寄り、袖からするりと鍵を落とす。カチャリ、小さな音の後に耳障りとまではいかない軋む音を響かせて扉が開く。此処までとは温度が違っていて、少し冷たい空気が舞い寄ってくる。甄が意味深に微笑んで見せ、扉の脇に在った燭台に火を灯した。仄かな灯りと炎の温もりが部屋の中心に居る人物を照らした。赤い髪が揺れる。その瞳が自分を睨み上げるのを見た。
「随分な趣味だな。」
低くて細い声がよく響く。其処に居たのは三成だが、裸で後ろ手に縛られていて引っ掛けられているだけの陣羽織がずり落ちた。甄は矢張り癖のある歩き方で三成の背後に歩み寄り、落ちた陣羽織を三成にかけてやった。三成は俺を睨みつけるばかりで甄には見向きもしない。甄は一つ息を吐いて俺に一礼し、部屋を後にした。一つ外の部屋を出て、廊下側からもう一度だけ微笑むと音を立てないように扉を閉めた。カチャリ、また鍵の音がする。それを見送ると俺も三成を立たせて部屋を出る。地下牢のように冷たい部屋に長居する気にはなれず、何も言わずに部屋の中に戻った。
「気分はどうだ。」
後ろ手に縛られた三成の不自由な身体を部屋の脇にあった寝床に横たえながら尋ねる。変わらず睨む視線は痛くも痒くもなくていっそ心地よさすらあった。
「悪くは無い。これでこの手が自由になればあまりの快さにすぐさま貴様を殺したくなるかもしれないな。」
皮肉を吐いて三成が身を起こす。髪がまた、揺れる。その髪をひとふさ手に取り口付けると、三成は先刻の言葉とは裏腹にも心底不快そうな表情をする。舌打ちを一つ溢すだけでいつものように悪態を吐くことは無かったが。
「つまらんな。もっと驚かないのか。」
三成の隣に腰掛けながら尋ねると三成はフ、と自嘲じみた笑みを溢した。
「容易に想像がつく……俺の時代では衆道など嗜みの一つだった。」
そうのたまう三成の顔を覗き込んでも、長い髪に表情が隠れて見えない。普段から仏頂面ではあるがこれではその真意を読み取ることなど出来はしない。
「では貴様も経験があるのか。」
辛うじて引っ掛かる三成の陣羽織をまた掛けなおしてやりながら尋ねると、三成は苛立ったように此方を見る。いつにも増して深く眉間に皺が刻まれていた。
「ふざけるな。そんなもの俺には無用の遊戯だ。」
こいつの表情から読み取れるのは怒りの感情だけだ。ところが今は一片の悔しさすら伺えた。それがどこか愛しく感じられて華奢な身体を押し倒す。手を縛られていては抗う術も無く三成の身体は寝具に落ちる。
「そうだな。貴様に楽しむ必要は無い。俺が一方的に奪うのだ。」
三成の顔が嫌悪に歪むのがどこか可笑しく思えた。圧しかかって耳に囁きを流し込むのに対応するように顔を背ける。首筋に噛み付くのに合わせて顎を反らす。何一つ素直に従わないその行動が逆にすべて俺の思い通りになっているような錯覚を見せる。この男をもっと滅茶苦茶にしてやりたい。三成が何かを訴えかけるような素振りを見せたがそれを許さず、今度は陣羽織など脱がしてやった。三成の息を呑むのが聞こえる。
「……っは……。」
頑なに口を噤んで聞こえるのは浅く息をする音だけ。この男は喘いだりするのだろうか、堪えるのはその声なのだろうか、そんなことを思いながら首筋に舌を這わせ唇を宛がう。順次辿るように耳の傍から鎖骨まで下り、皮膚の薄いその辺りを執拗に舐った後、女にするように薄い胸板の飾りを捏ねてみた。大っぴらにそれらしい反応は返ってこなかったが、それでも上半身が跳ねるのを身近に感じた。三成と目が合った。見たこともないほど上気した頬に陶酔を覚える。
「貴様は男と、したことがあるのか。」
話し方は不貞腐れたように聞こえる。三成は一瞬かち合った視線をわざとらしく外してこう尋ねた。その声が上ずって聞こえたのは、飾りを捏ねつづけるこの指の所為か。
「あったら何だ、無かったら何だ。衆道は嗜み、だろう。」
そう答えて三成の更なる返答を待たずに少し腫れて見える飾りを口に含む。案の定三成はそれ以上何も言わなかった。替わりに三成の上体が強張る。手で微かに浮いたあばらをさする。掌で舐っているのとは逆の胸板を押す。一つの手で掌と指先と違う動きをしてみせて、そのまま脇腹を辿り薄くついた筋肉をなぞる。すると三成の身体が時折ビクリと反応を返す。反対の手は三成の足を開かせた。一瞬躊躇うように力が込められたが、そのまま手に従って膝を立てた。とはいえ片方だけというのがどうにも三成らしい。胸から口を離して笑って見せた。三成は黙って俺を見ている。ほんの一瞬見詰め合う形になって、すぐに三成がぽつりと呟いた。
「何のつもりで俺を……。」
気のせいばかりでなくいつもより少し腫れぼったく見える唇がそう紡ぎかけて言葉を切った。いつも通り眉間に皺が寄せられているのも苦しげに眉根を寄せているように見える。その先を言うつもりが無いのをわかっていて笑って答える。
「愛情を求めるか? 優しくすれば身体を開くのか? ならばそれも面白い。」
冗談めいた俺の言葉に三成は否定するでもなく目を伏せた。耳元に口を寄せて更に続ける。
「そうだな、俺はお前に夢中だ。三成、……愛している。」
恥かしげも無く言って見せて、三成の目元に口付ける。その目が縋るように俺の動きを追う。その顔への口付けが拒絶されなかったのに気を良くして避けてきた唇に口付ける。三成は、ん、と呻いた後薄く唇を開けた。許しを得て、舌を差し入れる。くちゅりと唾液が絡む音が何故か上から聞こえた気がした。三成の熱い息がかかって目を開けると三成と目が合った。すぐに逸らされたその目は潤んで見える。とても扇情的な表情、見たことも無い。
女を抱くよりも努めて優しく。最後まで口を噤んだ三成が最後に果てるそのときにだけ聞かせてくれたのは心底満足したような、それでいて怯えたようにも聞こえる甘い感嘆の声だった。後に小さく呟く。
「どうせ嘘、だろう。」