カラリと乾いた空気は緊張を伝える。惜しみなく降り注ぐ太陽の光から逃れるように崖下を松風で駆る。この歪世界に来てからというものどこかいつも苛ついていて乾きより潤いを欲していた。あの赤い闘志を見なくなって久しい。何処までも広がるこの歪世界を探す宛は無く遠呂智の元に居ることで入ってくる六文を掲げる反乱軍の報より他に頼りも無かった。此処に居ればきっとあの男に会える。その希望だけが俺を遠呂智の元に繋ぎとめた。それでも時々は妖怪紛いのものたちに囲まれて居るのが耐えられなくなって単独行動を取る。太陽はきっと告げ口などしないだろうと松風の足を休めると崖の上から戦の喧騒が聞こえてきた。前方に広がるのは生気の無い荒野原。見上げても青い空の他には雲すら見えなかった。戦から隔絶された視野が喧騒すら耳から遠のける。
松風の背に寝そべって空を見上げるまま少しの時間が経った。そういえばこの乗り方は正しくないとあの男に言われたことがあったなあ、俺がこうして寝そべっている今この時にあの男はどうしているだろう。そんなことを考えていると一瞬喧騒が途切れて不意に近くなった気がした。寝てしまうわけにはいかないなと目を擦って起き上がろうと身を起こす拍子に目に入った青空に鮮烈な赤が交じる。
「……ッ、ァアア、アアアッ!?」
雄叫びとも悲鳴ともつかない声を上げて幸村が降ってきた。目を疑うよりも早く相棒の松風がより確実に幸村を受け止められる場所に移動するのに感心しながら両腕に抱きとめた。奇しくも姫君を拐わかすようにして抱えるそれは赤揃えに身を包んだ武士(もののふ)だった。衝撃に顰めた顔をゆっくりと解いて俺の目を見る。
「……!!慶次、どの!」
聞き覚えのある凛と響く声。俺の好きな声。その目が俺を見ている。俺の好きな真っ直ぐな目。煤に塗れた頬を一筋の涙が洗い流す。俺の好いたその男の顔は変わっては居なくて再会の感動からか涙している。
「おお、幸村。奇遇なところで会うもんだなあ!」
女々しい抱き方を解いて鞍の前に横向きに下ろすと幸村は涙を拭うこともせずに続けた。
「慶次殿、よくぞご無事で……。遠呂智めの世界に巻き込まれて最早会えないものと、いや、よくぞご無事で。」
まさにこんな歪世界で再び見えたことは奇跡に近い。幸村のように俺だって泣いてもいいくらいの感動ものだが泣かない俺の分までとばかりに幸村が涙を流す。それで俺まで涙を流すことはせずに無骨な手で幸村の頬を拭ってやった。煤の無い顔はより一層戦国の頃より変わりない。
「あんたらからしたら俺は不義者になっちまうかなあ。遠呂智の元に居たんだがあの時みたく今から肩書きを失くすことにするよ。」
出会いの長篠を思い出して幸村を抱きしめた。あの頃と変わらない体つき。匂いを嗅いでみるとあの頃とは少し違うものの根っこの部分では矢張り同じ幸村だった。幸村は今腕の中に居る。この歪んだ世界で探し続けた男がこの腕の中に。漸く歪な世界は像を結んだ。腕を解いて額に口付けると幸村が擽ったそうに笑う声が聞こえる。慶次殿、と呼ぶ声が聞こえる。
「私が探していた慶次殿はあの時と変わらず此処に居るのですね。」
幸村からも俺の首に手を回してくる。緩い抱擁は鼓動を伝えてくれた。
「おうよ。あの時も生き延びたんだ、今度も切り抜けようぜ。さぁ、何処に行きたい?」
ひょいと幸村を抱き上げて前を向かせながら尋ねる。幸村は真っ直ぐと行く先を見据えたことだろう。
「遠呂智の、元へ。」
「はっはァ! そりゃ面白え、行こうぜ幸村!」
魔王によって歪められた世界も、その赤があれば像を結ぶのだから。その赤があれば俺も真っ直ぐに走っていける、この松風と、闘志の赤。