何度目かに見る夢。見渡す限り影も光も無くて恐らく彼の意識以外に生き物も居ない。果てしなく広がり往く孤独に身が竦み、早く覚めないものかと昼間の世界を思い起こす。幸村は気付いていた。勝鬨を上げる彼らの背後には無数の屍が転がっていることに。目を背けてもその事実が骸の両孔から此方を見据えて離さないことに。だから幸村はこの夢の中で懺悔する。今日も孤独に怯えながら懺悔をする。天下は彼らにとっての業だ。天下は、三成は、兼続は、慶次は。寧ろこの夢は救いかも知れない。業に潰される前に懺悔をするのだ。ただ幸村は立ち尽くして俯く、目を閉じる、懺悔をする。
「驚いたな。我の他に此処に来る者が在るとは。」
幸村は項垂れた頭と伏せた目を上げ声の主を探した。聞き覚えのある、でも知らない声。何の感慨も無い乾いた声。幸村はただ生きた温もりに縋りたかった。――其処に居たのは北条の忍だった。
「……此処が何処だか知っているのですか。」
問うたが応えは無い。ただ大きな体躯と出で立ち異様な忍が幾分体格に劣る幸村を見下ろすばかりだ。
「貴方は北条の忍ですね。」
自然幸村の視線は仰向く。不気味なほど蒼白な顔と裏腹にその目は赤く輝いていた。続けて問いかけを重ねると漸く忍は表情を変えた。"目の前のものが自分のことを知っているようだ"、その程度の感嘆。それでもそれまでよりは幾分も生気のある表情だった。得体の知れない存在への恐怖が背筋を撫で上げるのに呼応して膝より下が戦慄くのを感じる。
「いかにも。風魔小太郎、伝説の忍などと呼ばれている。」
小太郎は唇を僅かに動かして話した。その動きはあまりにも微かでともすれば言葉を発したのは何か別のものではないかと思えるほどだ。その話し方一つにも幸村の背筋は泡立つ。そんな幸村の態度に出さない感情の動きを見越してか風魔は薄く笑む。口の端に牙が覗く。
「小太郎殿、此処が何処だか知っているのですか。」
幸村は襟足を嫌な汗が伝うのを感じながら二度目になる問いかけをした。雫は首筋を通って鎖骨の窪みに落ちた。計らずも情事のとき皮膚の厚い他より熱を追い求める性感帯。無論幸村が未経験のそれは確かに彼の胎に影を落とした。風魔の視線一つに新しい恐怖が生まれ出でる。
「うぬはどう思う。」
風魔がうわ言のような答えを返す。一歩、触れられそうでとても遠い幸村との距離を足音も無く詰める。幸村は身じろいだが明確に後ずさることは無かった。ただ温もりに縋りたかった。望む望まないに拘わらず此処には風魔と幸村の二人きりしか居ないのだけれども。
「小太郎殿も明確にはご存知無いのですね。」
幸村がそうであるからこそ返し返しの応答。夢だと思ったのは昼間の世界とあまりにも隔絶されていたからで、けれどこの夢は覚めた覚えが無い。ただ昼に戻っていくだけでその過程が記憶に無い。つまり二人にはこれだけがわかっていること、此処には真田幸村と風魔小太郎より他に何も無い、虚無。
「馴れ合いをしようか。真田、幸村。」
途方も無く続くかに思われた沈黙を破ったのは風魔。名乗りもしない幸村の名を覚束なさげに呼んでみせた。それを幸村が聞いた瞬間には音も無く懐と呼べるほどにまで歩み寄った。更にかきたてる恐怖。
「馴れ合い。」
幸村は態度で拒絶し、その言葉に受容を織り交ぜた声色で繰り返した。近づいた分鋭くなった見上げる角度。言い始めは風魔だけれど、手を伸ばさずとも触れる距離に居るけれど、風魔はただその場所で幸村を見下ろした。
「うぬが欲したのは温もりか。我は混沌なれど、体温までは消せぬ。生きとし生けるうぬらと変わらぬ。」
風魔はそう言ってもまだ手を広げるばかり。幸村は風魔の目を見、俯き、目を閉じてもう一度風魔の目を見てからその身体に手を触れた。温もりも冷たさもその空間では久しいものに思えた。ただ其処に在った風魔の温もり。こみ上げる涙を隠すことなく抱きしめると風魔の腕も幸村の背に絡んだ。
「此処に於いて我はうぬの為だけに在ろう。」
夢はまだ覚めない。