「随分と偉くなったものだ。伝説の忍が笑わせる。」
呼べば顔を出す癖にその度皮肉るように毒づく。
「わかっているのだろう、半蔵。我は忍とは違う。」
いつものように何の感慨もなく返答してそれで仕舞い。そうして本題に入るもの
だ。それが普段ならば。今日の半蔵は殊更に機嫌が悪いようだった。
「だからこそ。……闇のうちに主に仕え暗躍してきた"忍"を騙り北条に取り入り
……あまつさえ我が主を配下とするなど、すべての忍は貴様を許さぬことと思え
。」
闇であり影である彼がこんなにも怒り、こんなにも激しい剣幕でまくし立てる様
など見たことが無い。
「喚くな。半蔵は我と話す時特別饒舌になると見える。うぬらしくない、どうし
たというのだ。」
気だるく身を起こし興奮気味の彼を見ると我が問いに俯いて黙っている。こめか
みのあたりにざりざりとした不快な感情を覚える。彼の目だけが此方を睨んでい
る。
暫く静寂が辺りを支配する。部屋の中には太陽の最後の光がやっとのことで届
いて細く線を垂らしているばかりで闇がすぐ其処まで迫っているのがわかった。
闇も静寂も我が友のようなもので心地がいい筈なのにどうしてか居心地の悪い焦
燥感に駆られる。
「……で、何だ。」
先に静寂を破ったのは半蔵だった。不意のことで答えられないでいると半蔵が親
切にも付け加えた。
「主に用があるのだろう。」
「いや、違う。うぬだ、半蔵。」
漸くと繋がった思考で答える。伏目がちに目を合わせないで言うと半蔵は冗談か
と揶揄するような顔で此方を見ている。口の端を吊り上げて再度促す。
「半蔵。此方へ来い。我と話そう。」
「断る。」
今度は目を見て言ったので間髪も入れずに拒絶された。喉の奥がちりちりと痛む
。
「主に用が無いのならば貴様と話すことも無い。」
追打。痛みは心の臓に及びズキズキとその存在を主張する。何を? 自らを忍と
称すると決めた時に感傷など捨てた気になっていた。これが物理的な痛みでない
ことを否定する。
「待て、半蔵。うぬはそうかもしれぬが我は違う。そもそも何の為に徳川を下し
たのだと思う。」
「混沌の為だ。」
我が問いにまたもや間髪を入れずに半蔵が答える。襖の隙間に沈む日を眺める目
はどこか物憂げに只管遠くを見ていた。それは断定だが、それ以外の答えを望ま
ないといった色を含ませていた。
「そう、我は泰平の天下も戦国最強にも興味が無い。だがうぬの答えも少し違っ
ているな……。我は半蔵――うぬ自身が欲しかった。」
「それ以上ふざけたことを言うならその首を切り裂く。」
半蔵の言葉と同時。一瞬にして彼の背後を取る。その瞬間に二人の優劣が決した
。
「さぁ、うぬを侵食し壊してやろう。」
耳の奥に流し込むように囁くとその一瞬だけ、半蔵の素顔を垣間見た気がした。