「さて、いかがいたしましょう。」
元就が心の中でもう何度も反復した問いを、その男はさも嬉しげに呟いた。力なくさらりと流れる白銀の髪を揺らめかして、居合わせる二人の男を交互に見遣る。その場所には三人の男きり人が居ない。その中で彼、明智光秀は一人心底楽しそうで、毛利元就は一人眉間に深く皺を刻んでいる。もう一人の男、松永久秀は悠々と構えて二人を見ている。薄く笑んではいるが、張り付いたような笑顔だ。元就は何度目かになる溜息を吐いた。
「おや、楽しくはありませんか。」
依然としてにこにこしたまま明智が言う。沈黙を守っていた元就も遂に口を開いたが、思い直して舌打ちを打つに止まった。代わりにそれまでただの一言も発しなかった松永が声を出して嗤う。
「卿もこの男のように自分の欲望に忠実に生きてはどうかね。」
きっとこの場も楽しめよう、松永が続けるのを遮るように元就が言った。
「この状況では油断ならんと己れの勘が告げるのでな。我は我のしたいようにしている。」
言い放って、元就はこれ以上何も言うまいと口をつぐんだ。一方松永と明智は見合っては笑って、二人して元就の怒りを煽った。最悪だ、元就は心の中で毒吐く。三という数字はそもそもにして不安定で、戦国の世に人が三人集まればまず腹の探り合いを強制られる。そこに来てこの三人。何方も此方も読めない者ばかりで元就は神経を磨り減らした。
「とは言え困りました。こんな何でもない場所に迷い込んでしまうとは。皆さん本当に、何も心当たりがないのですね。」
悲劇を装って明智が言う。彼の場合常に吊り上がった口角のせいでとても心から悲しんでいるようには見えない。
「そうかね? 私は察するにこれは夢だと思うのだが、それならばこの状況も、なかなかどうして楽しむ余地すらあるんじゃないか。」
尚も悠然と松永が答える。彼は彼で、感情をそのまま明け透けに表す男ではない。これでは堂々巡りだ、元就は溜息を吐いた。
「貴方はどう思います。」
明智に振られて元就は隠そうともせず再度溜息。
「此処が何処だろうが夢であろうが知ったことではない。我は貴様らが嫌いだ。」
敵意を剥き出して言うと今度は松永が喰いかかってきた。
「心苦しい限りだ。こうして三人、何らかの縁があってのものとは思わないか。」
“縁”、その言葉を聞いて元就はますます不機嫌さを露呈し、明智も些か興が冷めたようだ。この面子にしてこの言葉はあまりに不似合いだった。おやおやと松永が呟いたのを最後に三人は暫く黙って睨み合った。
さて、何もないこの場所とは。相手が見えないほど暗くはないが、明るいわけでもない。壁は見えるが何故か行き着ける気がしない。窓は無く、刻限は一切わからなかった。足元は暗く、板間のように平らではあるが何かを踏みしめている心地がしない。また、寒さは特に感じない。一言に尽くすならば ”わからない” 場所。
そのような場所で元就は立ち尽くして、そろそろ考えることが莫迦らしく思えてきた。先ほどからの沈黙も含めて自分がどれだけの間考えているかわからない。それだけ考えてもわからないならば、いよいよこれは本当に夢化も知れないと思えた。もう何日も何年も日輪を拝んでいないような気がして無性に感情が揺れる。
「おや、どうしました?」
思考に無理矢理割り込んでくるような明智の声に、元就は我に返った。顔を上げると冷たいものが一筋頬を伝うのを感じる。
「……ほぉ、卿でも涙を流すのか。これは面白い。」
松永はにたりと笑いながら揶揄する。元就がそちらを見る間に明智は音もなく近づいた。
「寄、るな……、」
声が引き攣るのを感じて漸く元就は自分が泣いていることに気付いた。明智は気にせず更に距離を詰める。後ずさることも出来なくて見ると明智の顔からは笑みが消えていた。声を上げられないまま距離は零になった。
「ひ……!」
涙の筋を舐め上げられれば悲鳴じみた声が元就の喉を通り抜ける。明智の長い腕と松永の粘こい視線に雁字搦めになりながら元就は、夢の終焉りを願った。
頭に残るのは、笑みの消えた明智とさも面白げに嗤う松永の対照的な表情だった。