「…………ッ!!」
もう何度目かの、つめるような息遣い、押し殺したような声。いつも無口な借り物の忍を組み伏したのは半刻程前。彼はいつも禁欲的な立ち居振る舞いと、声に出さない魔性の言葉で以て、わたしを誘惑する。それは勿論勝手な思い違いだと気付くほどにはわたしは正気だが、あくまで禁欲的な忍を夜伽に駆り出す程度には、わたしは愚劣だった。
「声を、」
欲していたのは自分の方だった。
どうせ仕事が終われば固より、まったくの他人としての日常は戻る。彼は関東に帰り、わたしを思い出すことすらないだろう。 そう思っての、今度、斯様な、
愚行。
何度目かになる自嘲を零し、彼の口許に手をやった。器用な程にその髪が表情を隠し去り、彼が自ら声を抑える手指のために、苦痛に喘いでいるのか快楽に善がっているのか、とんと判然としなくなった。ただ握り締めた手が白んで彼が声を押し殺すのに必死だということを告げる。忍の、余裕の無反応というわけにはいかないようで、せめてそれだけに満足する。満足して、遣った手をするりと頬に添わす。
「聞かせてはいないのだろうね。卿の祖父だったか、あの老骨さえ卿の声を知らぬならば。ならばわたしは満足しよう。」
声に反応するように忍は顔を此方に向ける。垂れ込める髪の向こうでその目は潤んでいるように見えた。途端、ありもしなかった情欲がじりりと脳に這い上がって来るのが感じられた。それで、俯せる忍の肩甲骨に唇を寄せて握り絞めた彼の自身を開放し、腰を打ち付けることを再開した。彼の息を詰める音が小刻みになってゆく。脳裏が白んで、吐精した。
「ことの最中は静かなのがよいものだな、女を抱くよりも、余程。」
見れば気絶している忍にため息を吐いて、口付けた。口付けて、清拭して、彼が目覚める前に輿に乗せた。彼が目覚める頃には、関東の辺りまで行くだろう。
始めはただ声を聞きたくて。
どんな性技を持ってしても、彼は声を零すことをしなかった。
次第そんな忍が愛しく感じられた。
結局
彼の魔性に掛けられたのは、わたしの方だった。