十日目の朝、安芸に着く朝、いつもと同じように日輪を拝む為に目覚めたら胸部に垂れ込めていた日輪を覆い隠す暗雲に似たどす黒いものが無くなっていた。傍らには長曾我部が寝息を立てる。ちょうど十を数える接吻は我からの、眠る長曾我部への額に触れるだけのもの。生娘のように数えた口付けの数に自嘲を溢した。もう止そう、と。これより先にきっと幾つだって交わすこの男との口付けを女々しく数えることに意味は無い。例えば垂れ込めるものすら無くしてくれるほどに心地よいまぐわいなのだから。
船上からのご来光は遮るものが無いので好きだった。海面と同じく凪いだ心持ちで日輪とと長曾我部を交互に見遣る。今の我に平穏を与える二つのもの。長曾我部も日輪もこんな我に光を投げかけてくれる存在。ありがとう、とぽそり呟くのと同時に長曾我部が身を捩った。間もなく五月蝿いこの男も目を覚ますのだろう。もう一度額に唇を寄せかけて止めた。立ち上がる。
一足先に身形を整えて甲板に立つ。進行方向には朝もやが立って厳島の形だけが見えている。あそこには我の部下、が居る。捨て駒とはもう思うまい。駒としては、思うかもしれない。ただ長曾我部に部下との接し方を教わった気がした。恐くは無い。もう畏れは無い。根拠のない断定に笑みを浮かべていると背後に体温を感じた。
「ほぅら、見えてきた。」
長曾我部が手を広げる仕草に対応するように視界が開けていく。見慣れた地が見えても嬉しくはなかった。長曾我部の右目が寂しげな光を湛えているのが余計にこの複雑な気持ちを助長させる。
「長曾我部、世話になったな。」
「元就。」
思えばこんな風に別れを惜しむ日が来るなど誰が想像出来たろうか。我自身が一番の戸惑いを感じている。長曾我部は何を思ってか我の名を呼ぶ。呼ばれる心地は悪くない。元就。もとなり。
「なんだ、我は……。」
「帰っちまう前によ。」
並んでぶつかるほどに近しい肩。馴れ馴れしく腰に回される手。対岸を見据える長曾我部の目には我が睨むのも見えなかったらしい。冷やかな視線を投げかけながら輪刀を取る。
「どうしてもだめか? やっぱり俺はお前が欲しいんだがよぅ。」
言葉を言い終える前に手にした輪刀を横さまに振り上げて殴りつける。乾いた音が響くのと金属の戦慄きが頭の奥をすっきりさせてくれた。
「ぃ、いってえ! 今殺す気じゃなかったか!?」
海風と長曾我部が叫ぶのが心地良い。前方には四国より対岸の、我が城。嬉しいわけではないが別に厭なわけでもなかった。瀬戸内の海は存外に狭い。こうして日が経たないで何度も往き来出来るのだから四国は思っていたよりずっと近い。今しがた輪刀で殴りつけた長曾我部の右頬をさする。当たった形がわかるように赤く蚯蚓腫れを成していた。出来る限り優しい手つき。
「愚劣な、逸りおって。時々こうして会おうぞ、と言うものを。次はそなたが安芸に来るがよい。我はそなたを頼りにしている。」
剥き出しの胸板に身を凭せ掛けて言った。長曾我部の匂いがする。背に回る手も咎めないで大きく息をした。何度も呼んだ名を、初めて口にする名を聞こえるか聞こえないかの声で呟く。
……もと…ちか。