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――"長曾我部元親 殿"……
安芸に戻って三日が経つ。兵達は変わりない様子で我を出迎えた。我に一目置く態度も相変わらずで皆命じてもいないのに傅く。一人の部隊長と目が合った。
「元就様、先の戦では我が隊の失態、どうかお許し下さい。我々がきちんと動いておれば負けることは無かったでしょう。しかし元就様が戻られて本当に、嬉しゅう御座います。」
そう言うと男は目を伏せた。瞬間、何かこの男たちに言わなければならないことがあると、そう思えた。
「よい。そなたらはとてもよく働いてくれた。そなたらのお陰で我は長曾我部と相対することも出来たのだ。そこからは我の実力が及ばなかったまで。」
思えば兵たちにこの類の言葉をかけたのは初めてのことだった。だが違和感なく零れた労い。自分の耳を疑うように目を見開いて此方を見上げる男の態度に揶揄されたように苦笑した。兵を駒として扱う感覚は変わらないが別の何処かでは変われている気がした。今言ったことは事実である。虚言を吐いてまで労うことは出来様も無いが事実ならば幾等でも言える。そう、我は変わって来ているのだと確信出来た。
――"先の事ではおぼろげならず世話になり申した。いつの日にか再び見えて改めるを望む次第に候。"……
背後から声を掛けられて筆を止める。
「父上、話とは?」
隆元を呼びつけたことを思い出して向き直ると隆元も居住まいを正した。
「ああ。そなたらは矢張り我を畏怖しているのだろうな。」
隆元は急に目を逸らした。間を置かず急に此方を見直したかと思うと何かを決心したように一息に応える。
「そんな、父上が戻られて皆喜んでおります。父上無き毛利など有り得ませぬ。」
視線は外れないままだ。視線の行方ひとつ、息の置き方ひとつを取ってもその真意を測るのが恐ろしい。
「……父上?」
隆元が覗き込むように尋ねる。その表情すら恐ろしくて見ることが出来なかった。
「すまぬ、用というのはそんなことではないのだ。我はまだ本調子ではない、それで暫く戦のことはお前達に任せようと思う。」
今度は我の方が伏目のままに告げた。隆元はというと目を逸らしたのは先ほどだけで以後はずっと此方を見つめている。
「父上、何処か痛むので?」
俯く視界の端に身を乗り出してくるのがわかった。ひらひらと手をかざすともう一度我が身を気遣ってから下がる。
「ですが、策など賜れないものでしょうか……情けなくも隆元では父上の様に上手く渡れませぬ。」
ただ目元に手を当てて頷き、隆元を下がらせた。今は寧ろ我が皆を恐れている。自嘲を一つ落とし、もう一度筆を執った。
――"ひいては今一度お会いしたく願う所存。 毛利元就"――。