親就 - - 03

 「元就、どうだ傷は?」
ここ数日の朝の日課。厳島から連れ去って来た不機嫌な客人の傷の手当ての為に襖を開けるとここ数日の朝の日課か小さな窓から太陽を仰ぎ見ている。
「……もうよい。残るのはかさぶたのみよ。」
俺は客人を元就、と呼ぶようになったが本人はまだまだ慣れる気がないらしい。今日もぶっきらぼうに返事が返ってくるのをへぇと受け流す。
「一応見せてみな。……ん、そうだな。傷は治ってら。」
いつまでも死装束ではと用意させた若草色の着流しを正しながら元就は黙って俺の方を見ている。目を合わせて首を傾げて見せると瞬間に目を逸らし自分の手を凝視する。ここ数日で何度かそんな行動を取っているがいつしかそれが照れているように見え始めた。言ったら怒るだろうから確かめる術はないが。
「元就、厳島に帰るのか?」
替わりに別のことを尋ねる。傷が治るまでとは言ったが暫くとも言った。それに特別拘束もしていないし見張りも立てていないのだから好きなときに帰ることは出来る。だが常に元就を看ていなくてもこの部屋から出た形跡すら見受けられなかった。
「……。」
元就は返事をせずにただ自分の手を凝視するだけだった。びくりと肩を震わすなんて解り易い反応は示したのだから聞こえてはいるはずだ。元就は言いたくないことだから言わないのだろう、と此方も黙っていると意外にも元就が徐に口を開いた。
「毛利の者には上手いことを言ったと、そう言ったな……。それは、何と。」
戻らないんじゃなくて、戻りづらいのか。兵を駒のように扱っていたことへの後悔からならば、此処に連れてきたことも強ち無意味ではないということだ。野郎共にも世話を焼かせた。元就は少しずつ変わってきているのかもしれない。
「文を。――盟約の為元就殿には四国にお越し頂いた、くれぐれも拘束など致さぬ故御杞憂召されるな、療養も兼ねて元就殿には暫く四国に滞在願いたく候――ってな。」
空で文の内容を思い出しながら説明する間元就は不安げにずっと俺を見ていた。
「それで、家の者は何と。」
いよいよ不安な悲壮感を隠そうともしないで元就が追って訪ねてくる。
「ん、元春って奴の名で返ってきたのがコレだ。息子だろ? 愛されてるねえ。生きててよかったとか早く帰ってきて欲しいとかそんなんばっかだぜ。帰らなくていいのか?」
送られてきた文を渡してやると元就はすぐさま読み耽った。読んで、また泣いた。二度目に会ったときこの男には涙など無いものだとも思ったものだが元就は此処に来てから何度か涙を見せた。そういうときには頭を撫でても激昂しないので出来るだけ優しく撫でてやることにしている。
「だが今更どのような顔をして戻ればよいのだ……皆我のことなど畏れるのみぞ、我の冒した業はあまりにも深い。」
元就がこんなにも咽び泣いたのは初めてだった。息子からの手紙で堰を切ったように涙が溢れている。
「そりゃあんたの考え方一つだな。元就が平気なら一刻も早く戻ってやれ。これだけは言っておくが毛利軍はお前と目が合って喜んでた、あんたが恐いだけで憎んじゃいねえよ。」
そう言って背中をさすってやると元就はまた少し泣いた。泣き疲れて少し眠って目が覚めるまで傍に居てやった。部屋に入り込む太陽の輝きが元就の皇かな頬を照らす。

 元就の寝顔を見つめていると無性に切なくなった。太陽に輝く元就の顔はこんなにも美しい。今は閉じたその瞳も太陽の光を受けて厳島の宝石のように輝く。見目はこんなにも美しくて顔を覆う面はあんなにも冷たいのにその心根は少女のそれよりも可憐で弱々しい。元就を形作るその要素どれもがちぐはぐで、こいつは今まで相当辛い思いをした筈だ。それを駒と蔑む他人に見せるなんて出来なくて独りで抱えていたに違いない。そのとき俺が傍に居てやれたなら――反実仮想のまま元就のさらさらと柔らかい髪に触れると眉根がぴくりと動く。もう太陽も傾きかけているのだからそろそろ起きてもいいだろう。そっと手を離すのと同時に元就はゆっくりと目を開けた。
「貴様、ずっと居ったのか。」
少し赤らんだ目元。身を起こさずに穏やかな表情だけでこちらを見る元就。
「さぁな。」
笑って見せると元就も口元を緩めてくれた。此処に来て初めて見せる小さな笑みは夕日に照らされて少し哀しげに映った。
「長曾我部、元親……、我はもう少しだけ此処に居てもいいだろうか。あと、少しだけ。」
「おうよ。いつまでだって居ていいし、好きなときに送ってってやらァ。」
頭を撫でてやろうと手を伸ばすと跳ね除けられた。やり場を無くした手を見、それから元就を見ると怒ってはいなくて寧ろ微笑んでいる。俺も笑った。元就はもう、大丈夫だ。







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